スペイン
[ Guide目次に戻る ]
◆ スペイン
今回のスケジュールは、アンダルシア地方が中心だった。
自分としては、プラド美術館とピカソ美術館だけはどうしても行きたかったので目的を果たす事が出来て大変良かったと思っています。
● 行程 2000年11月27日〜12月4日
関空〜フランクフルト経由〜マドリッド
マドリッド(プラド美術館)スペイン広場〜セゴビア(セゴビア城)
マドリッド(2泊)〜コルドバ(回教寺院メスキータ・花の小径)〜セビリア(1泊)
セビリア(アルカサール・カテドラル)〜ロンダ〜ミハス〜グラナダ(2泊)
グラナダ(アルハンブラ宮殿・ヘネラリーフェ庭園)〜バレンシア(泊)
バレンシア〜タラゴナ(コスタ・コラダ黄金海岸)
バルセロナ(聖家族教会・ピカソ美術館ダエル公園)シッチェス(泊)
バルセロナ空港〜フランクフルト乗り継ぎ帰国

● セゴビア
セゴビア城
セゴビア城は形の美しさからディズニー映画のモチーフとして使われた。
場内は騎士達の甲冑や馬具等が展示されているが私は、もっぱら外からの写生に専念した。
黄昏のセゴビア城 城内からの展望
セゴビアのローマー水道橋 カテドラル
ローマー水道橋は、全長728メータで実際に、20世紀半ばまで使っていた。
工法は、セメント等を一切使わず切り出した花崗岩を組み上げていく方法で紀元前1〜2世紀ローマー人によって造られたといわれている。
・カテドラルは、細長く優雅な姿が「大聖堂の貴婦人」とよばれるゴシック式大伽藍で館内のステンドグラスやレリーフは見応えがある。
1525年に工事が始められたが完成したのは18世紀後半
● プラド美術館(マドリッド)
1819年フェルナンド7世がスペイン王室所蔵のコレクションを公開する美術館として発足その後、教会や修道院の宗教絵画等も寄贈されて現在に至る。
12〜18世紀のエル・グレコ、ベラスケス、ゴヤ等の他に、イタリア派絵画やフランドル絵画、オランダ絵画、ドイツ絵画と、所蔵作品は8000点にものぼり展示作品だけでも3000点を超える。
プラド美術館(ゴヤの銅像)
美術館の入り口はゴヤ門とベラスケス門の2箇所から入ることが出来る
美術館 館内はフラッシュなしの撮影は許可されている
主な、展示作品の感想としては、エル・グレコの長身化させた人物像は魅力的だ、彼は、クレタ島出身のギリシャ人で、イタリアからトレドへと移り1600年前後にはこのデフォルメによる技法を確立した。
また、ベラスケスの宮廷絵画のまさに全盛期の作品は見応えがある。ゴヤの裸のマハやフランドル絵画(現在のベルギー)15〜16世紀の絵画を中心に展示されている。
フリューゲルやエル・ボスコそしてルーペンスといった作品収集の数々は、当時のイサベル女王の情熱を感じる。
いずれにしても、もう少し時間をかけてゆっくりと見たかった。
●アルハンブラ宮殿 (グラナダ)
アルハンブラ宮殿(全長2キロにわたる複合建築)
13世紀前半にスペイン最後のイスラム王朝ナスル国王時代から(1232〜1492年)21の王によって造り上げられたイスラムのスペイン支配最後の牙城として、またグラナダに於ける、最後の楽園としてのイスラム芸術が凝縮された宮殿である。
歴史とその支配は、やがて、女王イザベル(1451年〜1504年)の15世紀へと移る。
あまりの、豪華さと権威に満ちた佇まいは、破壊される事なく今に残る。
右から、パルタ宮、中央は、コマレスク宮、崖の上、メスアル宮へ続く、
また、随所に見るアラベスク文様は人物、動物、全てを図形化して、びっしりと文様が施してある「現在で云う余白恐怖症」ともとれるが、神のみぞ勝利者なりの文字は無数に刻まれている。
ライオンの水時計 宮殿から見たサクロモンテの丘
ライオンの中庭を取り囲む回廊が続く アセキアの中庭
サクロモンテの丘 (アルハンブラ宮殿から望む)
アルハンブラ宮殿を写生(筆者)
ラマンチャーの風車(グラナダ)
ドン・キホーテーで有名なラマンチャーの風車(グラナダ)
ドン・キホーテ(DON QUIXOTE)は
スペインの作家 ミゲル・デ・セルバンテス(1547〜1616)
の小説に出てくる主人公で騎士道を独特の切り口で表現した。
この地方独特の風を利用している風車
・ラマンチャの小高い丘陵地に、風の道に沿うように立ち並んでいる。
風車は、シンプルで非常に美しい、下の村からの道路は極端に狭く民家の軒先をかすめるようにバスが走る。
ドン・キホーテで書かれている(風車) 平野に広がる街並み
ドン・キホーテ像の建つ
クエパ・マルティナのテラス席
センスの良いデザインは
上手くディスプレーされている
● ロンダ〜ミハス
ロンダ(崖の上に建つ家)
グアダレヒン川の侵食により深く断ちきらっれ二分されたロンダの街は岸壁の淵にへばりつく様に建っている。その両側を繋ぐヌエボ橋は18世紀末に完成された。
両側を繋ぐヌエボ橋(高さ90m) 川の侵食で深い谷となり両側を分断
白壁が美しいミハス
山の斜面に突然、白い街が現れる。
モザイクの歩道をゆっくりと進むと、丘の頂点付近から蛸の脚のように、道が放射線状にひろがる。よほど気をつけなければ方向感覚を失います。
アマポーラという日本人経営の土産店があり何かと便利だ。
展望台(地中海とミハス山麓が一望)
ジブラルタル海峡から天気の良い日は遥かモロッコが見える
●バルセロナ
 ピカソ美術館
<聖家族教会(サクラダファミリア)・アントニオ・ガウディ> 
アントニ・ガウディ(1852〜1926)
カタルーニャ南部のレウス郊外で銅版具職人の家庭に生まれ,た。
幼少の頃からリウマチに悩まされ病弱な少年は、自然を相手に一人で遊ぶ事が多く自然観察の目を養うことが出来た。裕福でない家庭に育ったが建築家をめざしバルッセロナに移り住み建築現場のアルバイトで生活を支えた。
結果的にその事がガウディの力となり1883年31歳の時にサクラダ・ファミリア2代目の建築家に推挙された。
1926年6月路面電車に轢かれて43歳で亡くなったがサクラダファミリアは彼自身かもしれない。
それ以後も色々な建築家の参加により工事は続行中であるがガウディの建築方法は誰が継続しても変わらない建築技術で、いわゆる一点集中方式で何本もの紐の先端に錘をぶら下げた形をまったく天地逆にした三角形が幾つもの集合体で形成されている。
設計図は殆どといって無いが幾つにも増幅が可能な方式であり、むしろ、レリーフや彫刻像のデザインにはかなりのウエートが占められていると説明があった。
そして、館内には色々な資料やガウディを偲ぶ作品が展示されている。
 
 私たちの行った時はまだこのような工事中だった。
サグラダ・ファミリア 現在も建築工事が続いている
サグラダ・ファミリアはサン・ホセ教会として1882年に着工された、初代の建築家ヒリャールは翌年辞任、その後、ガウディーが引き継ぎ独創的な教会堂となっていった。
現在も工事中で色々な国から建築家が参加している。
完成は100年後とも200年後とも言われているがガウディーの意思が今も引き継がれている。
ガウディーの彫塑 ガウディーのラフスケッチ デザインされた蜀台
<ゴシック地区>
バルセロナの街はいたるところにガウディーの建築物(作品)に遭遇する。
現在も親しみ易く生活している姿は彼の感覚(センス)が素晴らしいのだと考えます。
ガウディーの設計した公園 グエル公園
スペイン広場
終わりに
今回の旅行は、第1回の個展を前にしての取材が主な目的であった。初めての海外旅行とあって異国の新鮮な空気と環境に感動し同時に、プラド美術館やピカソ美術館では、日本で見ることの出来ない作品の数々に改めて文化の歴史を感じました。
このHPページに収納できない所も多々ありますが、大筋の印象にとどめます。