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北限の猿を求めて
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■ 下北半島(脇野沢)  20
 

 
◆ (2005年 6/12〜6/25)北限の猿を取材する為、下北半島の(脇野沢)に行った。
別段、環境破壊による野生動物の学術調査とは、全く関係なく数年前から猿をテーマーに絵の制作をしているからです。
理由やその辺のところは絵描き特有の直感と申しましょうか?猿に何か、インスピレーションを感じたからです。

◆ 最近、あちらこちらで猿と人間との関わりが悪くなり、猿害対策として駆除の是非論まで飛び出しています…
現地被害者の立場を考えれば解らないでもないが、これは例外的であって欲しいし、まぁ極端な意見だとは、思いますが〜
◆ 私の私見として発言させてもらえれば…猿に対し少し思い入れがあるのかも知れませんが?
このような現象は昔は、あまり聞かなかったような気がします、最近、特に多く我が家の近くまで出没しています。
テレビの報道番組で評論家の先生方が色々な意見を言っていますが〜実際のところ、どうでしょう?
何か現実的な処置や対応が為されているのでしょうか?

◆ 私は全くの素人ながら、こう思うのです…今、猿達が我々に危険信号を発信してくれているのだと理解すればどうでしょう?大変良い問題提起だと思いませんか?少なくとも人間を含め地球全体の生物が直面している危機的状況や問題点が非常に解りやすい形でリストアップ出来るのではないでしょうか?
結局の所、地球全体の環境問題へとグローバルな思考展開が求められるだろうし…人類が最も反省すべき点はこの地球上での生命存在は人間が特別であるかのような傲慢な錯覚が自然破壊を生み、やがては、猿達と同じ運命を辿るのではの…思いが募ります。
◆ すなわち、動物的反応の退化した人間の知恵も自然界の先輩である、猿知恵に学ぶわけです。
そんな事を言うと、地元の被害者の方達に滅茶苦茶に怒られそうですがね〜
◆ 2010年には、生物多様性の条約機構会議が行われた。これは「エコ・リージョン」と呼ばれメコン川流域における新種の生物多様性と持続性を保護する目的で、開発に歯止めをかける会議が持たれたのでした。

◆ 一方、絵の素材としては大変、面白く興味深いものがあります。
そういう理由から、彼らの生態行動や臨調感のある生活環境をより深く知りたくて、脇野沢に行ったのでした。
やはり百聞は一見に然り、現場に行ってよかったと思っています。

◆ 突然の訪問にもかかわらず大変親切に案内して下さった I・T氏のお陰で本当に良い取材と勉強が出来ました。現地でユースホステルを経営し、環境省の研究員や、教育委員会の野生動物保護監察官等の仕事を委嘱されているI・T氏は、もともと三重県出身の人で、やはり北限の猿や日本カモシカなどの写真に魅かれて移り住まれたカメラマンだったのです。その方と知り合いになれたことは私にとって非常にラッキーな事でした。
 
 
今年生まれた小猿にはまだ名前が付いていない
◆ T氏は、猿達グループの各々の血縁関係とその特徴を把握して名前や個性といった、長年の観察データーを元に生活分布図を作り、分析・チェックをしながら、写真を撮り続けておられるのです。 多分、その方との出会いが無かったらきっと取材は難しかったと思います。 これは、まさしく猿が取り持つ縁と…でも申しましょうか?
◆ この地方の猿達も、他の日本猿と同様に、母系家族で一番強い母猿に認められたオス猿が、そのグループのボスになるそうです。
従って脇野沢ではこの前、問題の薬殺されたボス猿に代わって、現在では(ハモ)という 若いオス猿が今、一番強いメス猿(モミジ)にモーションをかけてボス見習いの最中でした。
 
ハモ(若いオス猿)とモミジ(母猿)
 

 
< 日本カモシカ >

◆ 日本カモシカにもちゃんと名前が付けられています。 移動中に偶然カモシカの親子たちに出会ったのですが、その母親にはまだ名前が付いていなかった
◆ 「I・T氏」は同行の私のカミさんの名前を急遽付けられました。カミサン感激して大喜びというおまけ付きだった。
 
日本カモシカ みさお

 
 < 本土狐 > 
 
◆ 道路脇に少し、小柄な本土狐が座り込み餌をねだる…最近では観光客が餌をやる事でいささか刷り込み…
「インプリンティング」の心配があるそうだ。簡単に人間に餌を貰えることを覚えると、野生として子供に狩りや餌を取ることを教えることが出来なくなるとのことだ。
(餌をねだる) 殆ど人間を警戒することなく
本土狐も北限の地に生息 海を越えればキタキツネ
奇岩石を(スケッチする筆者)
◆ 水上勉氏の小説「飢餓海峡」のモデルになった仏が浦の海岸沿いを高速観光船で走っていると、突然イルカの群れがジャンピングして楽しませてくれるが、折角の船長さんの説明も方言で殆ど解らなかったのが残念だった。
 
仏が浦(仏像を思わす岩が折り重なる様なイメージから)
鯛島・スケッチ (水彩) 2005 6/13作

 
◆ 終わりに
脇野沢は、コンビニもなく、当然、喫茶店もカラオケやパチンコ屋もないが人の心の温かさや素朴さ、そして何といっても自然の美しい営みの姿はまだまだ残されている。そんな単純な事が何よりも素直に嬉しかった。そして、一日2便しか無い「下北汽船」で脇野沢をあとにした。
(I・T氏りょう子ご夫妻には感謝します)

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