Art Space Masaaki / 画家 植田 昌明 <サークル>

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 @楽しい仲間たち
 A光風会・京都支部
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楽しい仲間達[I]
第3回 楽・らく展 開催 (2009年 6/2〜6/7)

◆京都新聞文化センター(楽・らく教室のメンバー15名)
第3回 「楽・らく展」を開催する。
・会期  2009年6月2日(火)〜6月7日(日)
・時間  AM11:00〜PM6:00(最終日PM5:00まで)
・会場  ギャラリー カト2F 京都寺町下ル Tell 075-231-7813
ギャラリー カト 2F会場
◆  「第3回 楽・らく展」 を開催、出品者は前回より多く、賑やかな展覧会となった。
初日の会場風景  「ようやく、混雑から静けさを取り戻した会場」
第3回楽・らく展  「案内状と目録」
◆ 展示作品から「ランダムに編集」   順不同
賛助出品  アルハンブラ(アクリル) 植田 昌明
◆ 山名 確郎
祇園一力(アクリル) 山名確郎
◆ 医師である氏は、何事にも探究心旺盛にして、好奇心が強い。
だから、何時までも若く、いられるのでしょう?
「祇園花街」の様子も昔と比べ、随分、変貌したと…
少し寂しそうに語る。
私は冗談で…以前は、中で遊び、今や、外からの写生へと境地が移る、まさにこの浮世は泡沫「うたかた」の如し
      「鏡花水月」の心境か?   …(笑い)…
靴(鉛筆デッサン) 山名確郎
◆ 私の教室では、上記の様な鉛筆デッサンは美術系大学の、受験生だけを対象にしているのですが…
この作品に限って、当人の強い、希望により、特例!
モチーフとしては、少し古いかも知れないが粘り強く、よく頑張ったと思います。
根は真面目な方だったんですね〜再認識
たまには、このような基礎的デッサンをするのも一考か?
◆ 佐々木 蔦代
凝視(アクリル) 佐々木 蔦代
◆上記作品は、「迫真」の作品だと評します 
私のアトリエへ押しかけて来たのは…失礼「言葉は悪いが」
6年前のこと、まったくの初心者だったのだが…成長は、努力と熱意以外にないという、顕著な証明だ.ろう、ますますの精進を期待します!
猫たち  @ 猫たち  A
  B 佐々木 蔦代 (アクリル)
◆ 向阪 紀子
中パ小路早春 (油彩)  向阪 紀子
◆ 彼女は中国が好きで、中でも奥中国の小民族文化に魅力を感じていると話している。 
単に、旅行だけでなく異文化に触れる事で、その歴史的背景をも、少しは体感し理解する。
当然、眺める風景も、一味違う意味を持つ事に、知らぬ間に気付くのだろう?
この作品は、油彩の持つ重厚な色感を感じる。
赤いコスチューム (油彩) 向阪 紀子
◆ やわらかく、美しい色感に魅力を感じる。
年齢を重ねる毎に、色の感覚が豊かにになるのは一体どういう訳なのか?
豊富な人生経験で得た、様々の感動が自然に色のバリエーションとして、生まれてくるのでしょうか?
◆ 古澤 保
ランタン谷  ランシサ・リ (水彩)  古澤 保
◆ 彼が教室に入って間もなくのこと、ネパールのアンナプルナへ「トレッキング」に行くと聞き、出来れば折角のチャンスを生かし、360度のパノラマスケッチをされては? と、私は提案したのでした。
云っては、みたものの、何せ、高度4000メートルでの事、実のところ、正直、半信半疑だった〜
しかし、見事、折りたたみスケッチブック一杯、全長1.5メートルのパノラマ写生をを見て実に感動したのものでした。
しかも、昨年の「楽・らく展」へ出品の折、その超変形サイズの絵に、奥様が木彫りの額をオーダーメイドされたと知り、ひとしおの思いだった。
今展でも、また、山仲間のご夫妻と再会され楽しい、思い出話は尽きることがなかった…傍で私も微笑ましく拝見した。
エビ芋(水彩) 古澤 保
◆ アルピニストの彼には、写生コンダクターの係を、お願いしている。
いつも的確な遂行能力に感心しています、それは必ずといって、事前に工程の下見に行っているからだと思います。
山之辺の道や室生寺、談山神社とメンバーの脚力に合わして休憩ポイント、それに、昼食場所の設定と綿密だ。
「室生寺」写生の折など、たった一軒しか開店していない茶店を確保して昼食で暖をとり、しかも、丁度その日から冬季ダイアに切り替わった最終3時のバスに間に合わす等路頭に迷わずに済んだのは、彼の功績大だ。
◆ 佐古 勉
六地蔵   (アクリル)   佐古 勉
◆ 京都はいたると所に、お地蔵さんが祀ってあるが、上記の六地蔵は山科にあります、彼は何度も写生に訪れ、その一体、一体に入魂を試みた!
制作直後に、彼は、病床に倒れ展覧会前に手術をするアクシデントに見舞われたが、会期中に無事に復帰するという奇跡のような出来事があった。
彼を知る仲間たちは、これはきっと、六地蔵のご加護か?との評判!

メバル  (アクリル) 佐古 勉
◆ アクリルの画材品質や色質は、随分よくなったと感じる。
これだけのマチェールが表現出来れば十分遜色はない、アクリルの機能的で汎用度の広さは、むしろ油彩より一歩抜きん出た感がある!
         そして彼も、また一皮剥けた感じのする一作です。
◆ 吉田 由美子
春告魚「メバル」 (水彩) 吉田 由美子
◆ 緻密なデッサンは彼女の持ち味だ、
そして、上部の「メバル」作品に見られるドライブラシ等の技法が加わって、一層、説得力が増した感じがする、次の挑戦は、アクリル画の様だが、非常に楽しみだ。
苺とブロッコリー (水彩) 吉田 由美子
◆ 悲しいかな、この写真では細部のデテールやマチェールがあまり、よく再現されていないが、実作品は、かなり綿密に、実に細かく描き込んである。
注意すべき点は、われわれの世界でよく言われる、ただ、細かければ良いのではなく、対象物の実体に、いかに迫るか?
に掛かっている、雰囲気だけでも困るし、また、あまり細かくいけば、図鑑風になってしまう、ここが大変、難しい問題だ…
◆ この作品に関しては、大変、素晴らしく、そのような心配はないが…
一歩、方向を間違えればの話です。  <老婆心ながら>
◆ 山口 邦夫
静物(油彩) 山口邦夫
◆ 彼の作品には、何処かフォーヴィズムの匂いがする。 多分、無意識の中で偶然生まれたとすれば、山口ワールドと皆に呼ばれるのも、うなずける。
  ※ フォーヴィズム(Fauvisme、野獣派)は、20世紀初頭の絵画運動の名称。
フォーヴィスムは、キュビズムのように理知的ではなく、感覚を重視し色彩はデッサンや構図に従属するものではなく、芸術家の主観的な感覚を表現するための道具として自由に使われるべきであるとする。
ルネッサンス以降の伝統である写実主義とは決別し、目に映る色彩ではなく、心が感じる色彩を表現した。
世紀末芸術に見られる陰鬱な暗い作風とは対照的に、明るい強烈な色彩でのびのびとした雰囲気を創造した。
(参照フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)から
◆ ちなみに、我が師 故「竹中三郎」氏は、野獣派で知られるブラマンクに師事した故「里見勝三」氏の弟子だった。
野仏(コンテ・水彩) 山口邦夫
◆ 清水寺境内に、静かにたたずんでいる、この石仏に一体、何人が気付くだろう?
彼の持っている、この独特の個性は素晴らしい財産だと思う、多分、天性のものでしょう、迷わず自分のキャラクターを邁進して欲しい…
さらに、モチベーションを高め、新たなる、発見と挑戦に期待します。
◆ 中村 正義
ウマズラハギと柿 (水彩) 中村 昌義
◆ 絵にはやはり人間性が出るようだ、一見もの静かで穏やかな氏は、しかし自分の作品に関しては、決して安易には妥協しない強さを感じます。
もともと版画教室で、佐古氏と一緒に勉強されていたのですが…
オリジナルの版画モチーフが作りたい…の強い思いでこの教室に来られたのです。 やはり、しっかり目的意識を持つと違いますね〜
一から熱心に、デッサンに取り組み、風景、静物と数多くのエスキースがいま出来つつあります、近い将来、ユニークなオリジナル版画が期待できそうです。
◆ 独創性の大切な絵画の世界も、このように基礎的な勉強も不可欠な要素だと思います。
法然院 (顔彩) 中村 昌義
◆ 氏には現在、顔彩による彩色法を進めています、透明水彩と異なる色感を、氏に感じたからで… 今のところ成功している。
色の個性は、非常に幅が広く、当人が進んで色質に興味と探求心が芽生えれば一応、成功だと言える、そして、また一つ色のバリエーションが、増えることで、全体的なクオリティーが高くなるのです。
◆ そして今、几帳面な氏には、早描きのトレーニングをしている、未完成ながら面白く味のある線が生かされれば…鬼に金棒だと思うからです。
◆ 吉田 博美
花瓶「ミモザ」(水彩)吉田 博美
雲ヶ畑 (水彩) 吉田 博美
◆ 彼女の色感に、不思議な魅力を感じる。
色彩的構成力が、自然に備わっているのだろうか…
指導していて、時々、触れる、その人が持っている感性の素晴らしさを発見した時、私自身も嬉しく思うのです。
エビ芋とエリンギ (水彩) 吉田 博美
◆ 私の、色彩論については、以前、新聞社に勤務していた関係で、カラー印刷技術に携わる機会があった。
今になってそれが、かなりプラスになっています。
◆ 現在のカラー印刷は全て、コンピュターのグラフィック加工によるものだが…
以前は「フイルムワークによるカラー分解法」で、その技術は、色の基礎的な ※「ノウ‐ハウ」 を学ぶ上で一番重要なポイントを占めているのです。
◆ 色彩感覚は、もって生まれた感性だとよく云われているが…意識改革をすることで進化します。しかし無条件で得られるものではなく、今まで知らなかった未知の色彩を数多く情報認識して始めて固定観念から開放され、新たなる色彩感覚が芽生えます。
好みの色も年齢とともに絶えず変化していくことは、児童絵画を見ればよく理解できます。
子供の成長期に感動した色のイメージは、潜在意識として残り、大人になってからも大きく左右します…
今の学習で、絵筆から得た新らたな色の発見は、素晴らしく、また一つ徳した感じがしませんか?
彼女も将来に向け、新たな色の模索を試して下さい。
※ ノウ‐ハウ【know-how】 ある専門的な技術やその蓄積のこと。
◆ 笠原 千代子
 芍薬  (水彩) 笠原 千代子
菖蒲  (水彩) 笠原 千代子
わびすけ (水彩) 笠原 千代子
◆ 彼女にも顔彩による着色を進めている、やさしい色使いに、本人も魅力を感じている様に察知したからだ。
どちらかと言えば、日本画的だが、今は、ジャンルに拘る必要や、考えることは無い、
◆ 元々、私自身、学校で、最初に絵の手ほどきを受けたのは、日本画だったことを考えると、何でも経験した方が良い様に思う
そして、今回、新たにアクリル画に挑戦するようです…
熱心さと、好奇心旺盛なのは、今後、楽しみです。 感心!感心!
◆ 堀 昭子
友木菜ちゃん(アクリル) 堀 昭子
静香ちゃん(アクリル) 堀 昭子
◆ おばあちゃんがお孫さんの似顔絵を描いてプレゼントなんてカッコよすぎませんか?
これぞ、生涯学習の醍醐味でしょうな〜
私に置き換えれば、このように愛情を持って絵を描くことを暫く、忘れていたような気がして、反省しています。
ゴン爺ちゃん (アクリル) 堀 昭子
プリン姫  (アクリル) 堀 昭子
◆ 彼女がアクリル画に挑戦して間もなくの頃、愛犬が病気と老齢のため、あまり長くはないと診断された。
何か家族の記憶に留めたいと描き始め…
2作目を描き終えて間もなく、ワンちゃんの訃報を聞いた。
今、愛犬2匹が、玄関に飾られ、ご家族を見守っているとのこと、暖かい「愛」を感じる作品だ。
扇子 (3点)    堀 昭子
◆ 教室では、夏がくれば、扇子を仕立てます。
自分のオリジナル扇子を家族や友人にプレゼントして楽しんでいます、結構、皆様に喜ばれるようです。
◆ 早川 憲二郎
貝たち (水彩) 早川 憲二郎
日野菜帆 (水彩) 早川 憲二郎
◆ 彼は、私の教室では比較的新しく、一年ぐらいだと記憶しています。
以前、少しデッサン教室で勉強されて、次の目的は色を付けたい〜との思いで、この教室へ入られたようだが…
生涯学習の利点はむしろ、そういった自由さだと思う。
その意味では、美しい色使いとモチーフの面白さに進歩が見られ、これからが楽しみの作品だ。
 <追記>
彼は、京都「大原」の在住で、私が写生に行く時など、お付き合いをして案内して下さいます。
モチーフに恵まれた環境のなかで、故「小松均」先生のような心境を求めるのも一考かと。
※「小松 均」美術館は、現在、閉館中!
しかし、ここにも不思議な因縁があります。
冒頭にある、「祇園一力」の作者、山名氏は「小松 均先生」 生前の主治医だったのです。
◆ 佐藤 三重子
サザエと山葵 (水彩)    佐藤 三重子
◆ 彼女も比較的新しく、在籍一年ぐらいだと思うが、私の色に対する指導に、最も忠実に、反応しているように思えるのです、私は常に、自分の色を発見することに重点を置いて指導しています。
数多くの色の質を知り、自分の引き出しを多く持っている事が大切なポイントだと思うからです。
例えば…緑色もパレットで配色調合すれば、何十色以上も無限に近くあります。
チューブから出した色は全て、生「なま」色と呼びます。
作家自身が、自分の手で作品の色を作るのです、従って私はパレットは絶対に洗わないように指導しています。
彼女は、時折、自分の作品から離れ、メンバーの着色作業を見学している時があるが…それって、とっても重要なことです。
何故なら、自分の特徴や長所なんて自分では中々判らないものです、他人と比較して納得するのも一つの方法だと思います。
熱心に取り組む姿勢は必ず良い結果を生み出します。
キャベツ (水彩) 佐藤 三重子
◆ 教室に与えられた時間は2時間です、それに人数が増えれば一人当たりの時間は、ほんの僅かです。
その辺が、私の頭の痛いところです…
しかし、人へのアドバイスは、同時に自分にも当てはまるという風に認識すれば、いいわけです。
時折、私が、声を上げ皆さんにも当てはまりますよ〜と言うのは、その事なのです。
その点、彼女は、熱心に聴いています、そうすれば、描き残しの宿題を一人でする時、便利ですよね…
◆  小川 武則 
ノイシュパンシュタイン城 (水彩)  小川 武則
オンフールの港 (水彩) 小川 武則
◆ 旅行でのスケッチが夢ですと語る彼の楽しい作品は、モダンな匂いを感じます。
旅先で、スケッチブックを開いている、彼の姿を想像するだけで楽しくなります。
<最近、外国は、随分と近くなり、簡単に行けるようになった>
◆ 我が師、「竹中 三郎 先生」 生前の話を引用すれば…
少し前までヨーロッパへの渡航は、船で何ヶ月も掛ったそうです、旅、半ばで、病気や、事故で志「こころざし」を果たすことなく客死することもあり、二度と再び日本に帰って来れないと、決死の覚悟だったそうだ…従って、出発前には、別れの水杯「みずさかずき」を酌み交わしたという「嘘の様な本当の話」
その「竹中三郎」先生は ※「佐伯祐三」氏(フランスで客死)生前の友人だったことを考えると何となく分かる気がします。
 ◆ 「佐伯祐三」  フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)参照

※「佐伯祐三」満30歳で死去するまで、6年足らずの画家生活の間、2回パリに滞在した、代表作の多くはパリで描かれている。
第1回のパリ渡航は1924年(大正13年)1月から1926年1月までで、約2年の滞在であった。1924年のある時(初夏とされる)佐伯はパリ郊外のオーヴェール・シュル・オワーズゴッホの終焉の地として知られる)フーヴィズムの画家モーリス・ド・ブラマンクを訪ねた。
佐伯は持参した自作『裸婦』を見せたところ、ヴラマンクに「このアカデミックめ!」と一蹴され、強いショックを受けたとされる(その後、何度か彼の下に足を運んでいる)
事実、この頃から佐伯の画風は変化し始める。この第一次滞仏時の作品の多くはパリの街頭風景を描いたもので、ヴラマンクとともにユトリロの影響が明らかである。
佐伯はパリに長く滞在することを望んでいたが、彼の健康を案じた家族らの説得に応じ1926年にいったん日本へ帰国した。パリでの友人である前田寛治、里見勝三、小島善太郎らと「1930年協会」を結成する。
2度目の滞仏はそれから間もない1927年(昭和2年)8月からであり、佐伯はその後ふたたび日本の土を踏むことはなかった。佐伯は旺盛に制作を続けていたが、1928年3月頃より持病の結核が悪化したほか、精神面でも不安定となった。
自殺未遂を経て、セーヌ県立ヴィル・エヴラール精神病院に入院。一切の食事を拒み、同年8月16日、衰弱死した。

◆ 上記作品講評は、主に色彩を中心にまとめて見ました。
こうした、他のグループ展を見た場合…指導者に類似した作品の陳列がよく見掛けられ私は、日頃から指導者としては、一番に注意すべき「ポイント」だと思っていた所です。
作家のオリジナリティーを尊重するのは当然だが、色の個性を奪ってしまっては何にもならないとの思いが強かったからです。
まったく白紙状態で受ける色彩論の指導は、それだけ影響力が強く、本人の潜在意識に深く刷り込むことになるからです。
その点において云えば今回の作品展は、個性と、それぞれの思いが表現されていて楽しい展覧会だったと自負しています。今後とも、さらに精進して行く所存であります。
◆ 第3回 「楽・らく展」 のメンバー(陳列後のスナップ) 2009-06-01
◆京都新聞文化センターの講師に、招聘されたのが、6年位前でした。
「楽しく・気楽に・美しく」の3大テーマーで、生涯学習講座を開設したのです。
その頃からの開設時メンバーは殆ど変わらず、今も、在席中で、思えば長いお付き合いになります。
◆ 「これからの課題・私が楽しみに期待している事」…
最近、ようやく自分の描きたいテーマーが見つかった人、水彩から油彩及びアクリル画へと進む人、また室内静物から風景写生へと、それぞれのジャンルが広がったことです。
◆ 第一回展と比較して随分、上達したと確信する。
しかし深遠なるこの世界、益々の精進と研鑽を重ねる事の大切さを充分に心得て、先ずは、ここに日頃の成果を皆さんとともに、発表する事が出来たのは何よりと、心から喜んでおります。
◆ 感  想  
   ◆ 第3回「楽・らく展」楽日の感想 (2009/06/06)
 「第3回 楽・らく展」も、早いもので、本日が最終日となった。
多くの観覧者を得て、盛会裏に終えた事は、何よりだったと、心より、皆様に感謝と敬意の意を表します。
世話係として、準備作業から全てにわたり、きめ細かく、お世話して頂いた「中村さん・向坂さん」に改めて感謝をいたします。
また、途中から、入院せざるを得なかった「佐古さん」思ったより軽症で会期中に顔を見ることが出来て、本当に良かった。
この成功は、夫々が、自分の持ち場をしっかりと心得、団結した結果だと喜んでいる次第です。  <勿論、制作過程も含めてです>
 最近、レセペクト(Respect)尊敬と云う言葉を耳にします。
団塊世代の前後… 我々、世代が育った社会的背景を振り返った時、ひたすら内需拡大中心の国策が、人間本来の高い精神性の育成より、経済的競争を優先する時代へと突き進んだ。
◆ その結果、人間同士の、歪曲された競争思想が蔓延し、経済を中心とした効率的なスピードと受利益のみ、重視する傾向が目立った。
「学校教育・科学研究・芸術文化」等の人材育成のように、時間を要し、生産性や即実効果のない分野は置き去りにされ、尚且つ、時勢に即応出来ない人たちは、疎外される傾向が、さらに加速されたのです。
◆ 意図的かどうか?
反対極で、在ってはならない学校教育までが、過剰反応し、冷静さを失って反体制の如く振る舞い出したのは、この頃からです。
事程左様(ことほどさよう)の、つまらぬ悪平等思想が学校教育の現場で蔓延った「はびこった」のです。
◆ 一例を挙げれば、小学校の運動会で、まともにガチンコ競争をさせない。あらかじめ、タイム計測で平均で馴らし、そこそこのタイムのグループで走らせる保護者が異論を唱えれば、これが平等とばかり主張する。
少し、知恵の回る子は、わざと予選タイムを落とし本戦で勝つことを学ぶという意図とは逆の現象に矛盾すら感じない教育現場。
◆ また、騎馬戦や棒倒しの如き、戦いのゲームは、表面上は怪我防止とし実は、闘争本能や暴力本能を掻き立てると、危惧する意見に傾注し、全ての競技を排除するといった、極端な机上の論理が優先した。
◆ 従って、少々勉強が出来ずとも、自らを犠牲にして他に尽くし、勇気を振り絞って一人でも事に立ち向かうといった、歌舞伎者「かぶきもの」を一切、認めず、思考停止し、上に言われるまま、安閑と、ひ弱で、自己主張もなく矛盾に満ちた、人間形成の教育が、ねじれた形で根付いた。
一方、国旗掲揚や国家斉唱は、右傾だと拒否する過激な教員も出現して、ある地域では、校長を吊るし上げ自殺に追い込む、などのニュースも流れた。

◆ 兎に角、高学歴、良い学校へと、世の母親達が慌てだし…
猫も杓子も、出来が、良かろうが、悪かろうが、お構いなしに自己能力を無視した、人間作りを助長した。
◆ やがて、バブルも崩壊し、いまや世界的不況の波にあおられ、リストラや派遣切りが後を絶たない。
◆ そうした、社会レースの結果、空消し「からげし」が、勝ち組と称し自からを勝手に優遇し堂々と我が物顔で闊歩「かっぽ」する。
そこには、他人(敗者)への配慮「思いやる心」や尊敬する心が失われ、陰湿なイジメ体質を含む暗黒時代が到来したのです。

◆ ここへ到る状況は、必然的結果であり、むしろ想定内であるとの見方もあるが、全ては、結果論…
◆ それが、全てとは云わぬが、その頃から弱者、特に「年長者」…に対して尊敬(Respect)の念が失なわれたと思います。
◆ 私の持論として、現代日本の姿は、甚だ、自虐的ながら、何とも残酷な結末だと、締めくくりたい!

◆ 今頃になって、やおら、マスコミが騒ぎたて、遅きに失した感はあるが、遅くとも気付いた方が、良いに越したことはない!
何故なら…人間育成は百年の計が必要とされるからです。

◆少し長くなったが… その点「楽・らく教室」のメンバーは、夫々の持つ素晴らしい感性や、個々の仕事を、お互い理解し、認め合って「レセペクト」しています。
◆ 個々の持つアイデンティティーを認め合い理解する事が、芸術の原点ならば、今、われわれが行っている生涯学習が、即ち、素晴らしい、魅力的な芸術活動 アンデパンダ(Inde'pendant)ではないかと考えます。 
※ アンデパンダ(Inde'pendant)とは…仏語=「依存しない」・「独立した」)
1884年フランス・パリで独立協会が発端した「市民芸術活動」
まったくの自由で出品料さえ払えば誰でも参加できる無審査無償の展覧会がその始まり。

◆ そして、次世代へ上手く伝達出来ればと…痛切に思う!
さすれば、高齢化社会という、無慈悲でお荷物的な発想も「レセペクト」された関係へと、変質出来るのでは、無いでしょうか?
・きみのようにさ 吹雪やわずかの仕事のひまで 泣きながら からだに刻ん 
でいく勉強が、まもなく、ぐんぐん強い芽を噴いて どこまでのびるかわからないそれが、これからの新しい学問の始まりなんだ。
                   by宮沢賢治
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